anoxia

北鎌倉、極楽寺、銀座、足利

4/4 音楽を演奏する @銀座

4月4日(日)
『音楽を演奏する』
@銀座 奥野ビル306号室
(room306project.tokyo)
start 14:00 end 18:00
(入退場自由です)
投げ銭

※参加者との対話を交えながら音楽制作を行います。加藤裕士と森尾拓斗の2名が音を出しながら疑問を投げかけます。

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その音楽がいい音楽である時、確実にいい音が鳴っており、 よくない音だけどいい音楽でしたという経験は自分にはありません 。みなさんはいかがですか? いい音楽とかいい音とか言語化はなかなかできないですしそもそも 言語の領域外にありますよねという前提のうえで話しますと、 聴いていて音が生きているなあと感覚した時にその音がいい音だと 自分は思います。 この生きているなあ感は自分にとって音楽に限らずすべての芸術に 共通しています。他の方々の感覚は分からないので、 なんか自分に近そうな雰囲気がする人の演奏や作品を好んで聴きま す。さらに、 いい音が鳴ったときその音楽はいい音楽になるという理由がわから ない確信もあります。

3/25 森尾拓斗 加藤裕士 @銀座

3月25日(木)
@銀座 奥野ビル306号室
(room306project.tokyo)
open 18:30 start 19:00
1000円

出演
森尾拓斗
加藤裕士

何らかの気配とか皮膚がちりちりする感じとか偶然遭遇した謎の光 とかうっすらと聞こえたような気がした小さい呟きとか何かが通過 した感じとかそういったものはやはり見過ごせないし、 幽世への想いが強くなります。 最近国学を改めて勉強し始めているのですが、 幽世への徹底的な考察が江戸時代になされていて、 その密度に感じ入ってしまいます。
シンエヴァンゲリオンを観ました。 小学生時代からの思い出により面白いとかつまらないとかそういう 一言で言える作品ではないですし、 満足感とともに得られる喪失感に感じ入りました。 むしろ喪失感の方が大事だと思いました。 喪失感は物語がないとなかなか得られないのかな。 そうでもないのかな。
純粋な情念の世界というロマンに自分はどうしても惹かれてしまい ます。人間的な要素をどんどん無くしていって、 数式に似た構造にまで落とし込んだ先に見えてくる豊穣はやはり幽 世にとても近いだろうし、近づきたいです。 能はまさにこれですね。
「FISSION(分裂) and FUSION(融合) — POST/PHOTOGRAPHY 2011-21 3.11から10年目の、写真の今と未来」展で三回演奏させてい ただきました。3.11について考えることは止まりませんし、 自分がそこでやれることを粛々と遂行する感じになりました。 皆様ありがとうございました。

 

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3/11,13 「FISSION(分裂) and FUSION(融合) − POST/PHOTOGRAPHY 2011-21 3.11から10年目の、写真の今と未来」展(3/10〜3/15)

https://room306project.tokyo/2021/01/31/fission-fusion-post-photography-2011-21/

こちらの展覧会の関連イベントとして演奏させていただきます。

 

3月11日(木) 14:46〜
3月13日(土) 14:46〜、19:00〜
各回演奏時間30分ほど
入場無料

@銀座 奥野ビル306

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作品の展示はせず、 演奏のみです。3. 11直結の展覧会ですが基本的にはいつもと同じ感覚で演奏します。というよりも、3. 11は現在特に日本を拠点にして演奏活動をしてる人全員に影響を 与えていると思います。音にその影響を意味付ける人もいるでしょう。音を意味付ける音楽とは別の音楽を志向する人も意識の底には3. 11の影響はあるはずです。 そもそも音楽家であろうがなかろうが3. 11について自分なりに考えたことがある人は誰もがそうなのでは ないでしょうか?それぐらい3. 11は人の感情や在り方までも揺さぶったと思いますし、3. 11がない並行世界の2021年の音楽がどうなっているのか想像がつきません。
つまり3. 11とはあえて言及するまでもなく誰もが抱えているものなのですが、人はすぐ忘れがちな生き物ですので、時々は意識した方がいいのかもしれないと思います。


自分が今3. 11について改めて考えてみようと思った理由の一つとしてコロナがあります。おそらくコロナも3. 11同様に以後の人の在り方の基盤の一つになるはずです。 それ以前の在り方にはもう戻れないぐらいに冷酷に世界が分岐して しまいました。 重要なのはその現象が良いか悪いか判断することではなく、 世界が分節されたという事実をそのまま受け入れることです。 感情面で難しい人もいるかもしれませんが、 まずその認識を意識的にしたか否かで個人の在り方の居どころみたいなものが明らかになります。
分節を意識的に認識することは、 長じると個人個人がそれぞれの在り方で世界を認識することにつな がります。今回タイトルに分裂と融合と書いてありました。 ということは複数の存在があり、 それぞれの境界線上において何らかの現象が起こっているのでしょう。ではその境界とは一体何か。 大抵の境界は制度や社会に束縛されています。 ではその束縛を逃れて個人の意識によってなされる境界はないので しょうか?自分はあると思っています。 それに気づくために分節された物事の構造を捉えて、さらに自分のやり方で構造を受け入れるという営みは必要になりま す。


長くなってしまいましたがこの文章はもっと膨大な補足が必要です ね。。とにかく、自分は上記の営みとして今回3. 11に向き合おうと思います。 実際には自分にとってこの営みは常時発動中ですので全く特別なこ とではありません。 このように文章化することで読んで下さった方に考えの一端が伝われば幸いです。

2/4 石川高 加藤裕士 @銀座

2月4日(木)
@銀座 奥野ビル306号室
(https://room306project.tokyo)
open 18:30 start 19:00
1000円

出演

石川高(笙)
加藤裕士(エレクトロニクス)


※感染状況次第では直前の中止の可能性もございます
※20時前に終演予定です
※お問い合わせ:hrsh.kato@gmail.com( 加藤)

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