anoxia

北鎌倉、極楽寺、銀座、足利

3/11,13 「FISSION(分裂) and FUSION(融合) − POST/PHOTOGRAPHY 2011-21 3.11から10年目の、写真の今と未来」展(3/10〜3/15)

https://room306project.tokyo/2021/01/31/fission-fusion-post-photography-2011-21/

こちらの展覧会の関連イベントとして演奏させていただきます。

 

3月11日(木) 14:46〜
3月13日(土) 14:46〜、19:00〜
各回演奏時間30分ほど
入場無料

@銀座 奥野ビル306

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作品の展示はせず、 演奏のみです。3. 11直結の展覧会ですが基本的にはいつもと同じ感覚で演奏します。というよりも、3. 11は現在特に日本を拠点にして演奏活動をしてる人全員に影響を 与えていると思います。音にその影響を意味付ける人もいるでしょう。音を意味付ける音楽とは別の音楽を志向する人も意識の底には3. 11の影響はあるはずです。 そもそも音楽家であろうがなかろうが3. 11について自分なりに考えたことがある人は誰もがそうなのでは ないでしょうか?それぐらい3. 11は人の感情や在り方までも揺さぶったと思いますし、3. 11がない並行世界の2021年の音楽がどうなっているのか想像がつきません。
つまり3. 11とはあえて言及するまでもなく誰もが抱えているものなのですが、人はすぐ忘れがちな生き物ですので、時々は意識した方がいいのかもしれないと思います。


自分が今3. 11について改めて考えてみようと思った理由の一つとしてコロナがあります。おそらくコロナも3. 11同様に以後の人の在り方の基盤の一つになるはずです。 それ以前の在り方にはもう戻れないぐらいに冷酷に世界が分岐して しまいました。 重要なのはその現象が良いか悪いか判断することではなく、 世界が分節されたという事実をそのまま受け入れることです。 感情面で難しい人もいるかもしれませんが、 まずその認識を意識的にしたか否かで個人の在り方の居どころみたいなものが明らかになります。
分節を意識的に認識することは、 長じると個人個人がそれぞれの在り方で世界を認識することにつな がります。今回タイトルに分裂と融合と書いてありました。 ということは複数の存在があり、 それぞれの境界線上において何らかの現象が起こっているのでしょう。ではその境界とは一体何か。 大抵の境界は制度や社会に束縛されています。 ではその束縛を逃れて個人の意識によってなされる境界はないので しょうか?自分はあると思っています。 それに気づくために分節された物事の構造を捉えて、さらに自分のやり方で構造を受け入れるという営みは必要になりま す。


長くなってしまいましたがこの文章はもっと膨大な補足が必要です ね。。とにかく、自分は上記の営みとして今回3. 11に向き合おうと思います。 実際には自分にとってこの営みは常時発動中ですので全く特別なこ とではありません。 このように文章化することで読んで下さった方に考えの一端が伝われば幸いです。