anoxia

北鎌倉anoxia 足利anoxia

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そもそも人が集まるとは何だろうか? 現場でエネルギーのうねりのようなものを感じることはよくあるし 、自分にとってそれは抗いがたい快感と言える。 芸術の有無は問わない。 その疑似体験をネットだけに求めるのは少々安易だし、 その快感を捨てるという選択肢もあるのかもしれない。
家で一人で本を読んだり音楽を聴いたりする行為は以前から当たり 前にしていた。 それは作品を媒介にして自分と向き合う行為であるし、 人と会うことと同等に価値があることだ。 どちらか一方だけだと難しいと感じるが、 現状はひたすら自分と向き合い続けるしかない。 うねりは自分の内部で完結し、 作品に自分のうねりは反映されない。 もし反映されているように感じたらそれは自分の内部がうねったの だと言える。
自分と向き合う場として作品を考えると、 実はまだまだやらなくてはいけないことは多いのではないかと思う 。というよりも、 現場で人が接触する喜びと同時にそれによってこぼれ落ちるものが あったのかもしれないし、 そこに目を向けるチャンスが今なのかもしれない。 自分の内部のうねりはヒントになりそうだ。 自分に自分以外の何かが入り込む感覚というか、 凝り固まっている自分が解けるように感じる。 なぜそのように感じるのか、その正体は何か。
結局人が集まろうが集まらないであろうが、 解けるという感覚を自分は重視している。 人の集合という豊潤は魅力的だけれど同じ地点に一人でも行くこと ができるのだろうし、そこに挑戦したいと考えている。