anoxia

北鎌倉anoxia 足利anoxia

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なぜかというと、その地で演奏することにあまりに強烈な必然性を感じるからです。逆に言うとそれ以外の地では必然性を感じることがなかなか難しいです。愛着とも言えるのでしょうか。この必然性とは何かと考えることは、「空間」とか「環境」と一言で言えるけれどそれだけでは言い表せない何らかの存在について考えることと同義です。空間に対して、たとえば音楽家だったら、いい鳴りがするとか演奏に集中できるとか音に何かが入り込む感じがするなどといったことを思うことがあります。音に何かが入り込むような感覚は僕にとってとても重要で、結局ここ数年はそれだけに意識を向けて生きていたのかもしれません。この存在についてはよく分かりませんし、理解して把握しようとも思えません。ただ、ものすごく親しく感じています。空間って何なのでしょうね。自分がそこに立って、知覚できるものだけを空間と呼ぶのではないということは明らかですし、むしろ自分の知覚が及ばない領域の方が多いはずで、三次元ではなくさらに複数の次元で考えるのか、時間を一種の空間と考えるのか、記憶や知覚や感情を一種の空間と考えるのか、想いを一種の空間と考えるのか、などなど。こうなるとわざわざ空間という言葉を用いなくてもいいですね。この地点で生きていくことができるかどうか。